守ろうとして来た歴史でしょ?

独裁の始まりはどこにあったのでしょう?

 

僕はこう思います。

 

家族を守らなければ

 

という強い想いではないでしょうか?

 

 

20代の頃、必死に働き、少ないお金を貯め

 

愛を育み、結婚

 

そして、父になります。

 

マイホーム、車、教育費

 

守るもの、お金がかかるものが

 

どんどんと増えます。

 

本当は、夫婦二人で守るもののはずの

 

子どもですが、

 

パパの守るものリストには

 

愛する妻も入っていますから

 

なぜか、この家族は俺が守る!

 

と妻と子どもを分けて考えられなく

 

なってしまうのではないでしょうか?

 

家族のための、マイホーム

 

家族のための車

 

家族のための…

 

そうやって、どんどん

 

俺がもっとしっかりしなければ

 

と戦って戦って戦って

 

いつしか、家族の幸せのために

 

家族を管理してしまってはいないでしょうか?

 

妻と子どものためにやっていることと

 

盲信しはじめてないですか?

 

パパさんはパパさんで、一生懸命だと思います

 

しかし、妻も子どもも

 

その方法は望んでないのではないでしょうか?

 

もう少し、信じてほしいのでは

 

ないでしょうか?

 

管理なんかされなくても、

 

パパの言う通りにしなくても、

 

パパがいれば、パパが笑っていれば

 

幸せなんじゃないでしょうか?

 

いつのまにか、パパが思う家族像しか

 

幸せじゃない!

 

と思っていませんか?

 

子どもが空気を読める子で

 

ちゃーんとお利口な子

 

でないと不幸なのですか?

 

元気に生きていれば、幸せではないですか?

 

子どもの悪さで謝ることは

 

不幸ですか?

 

子どもがちょっとうるさかったら

 

不幸ですか?

 

いつのまにか、大人のクオリティを

 

子どもに求めていませんか?

 

パパは十分頑張っています!

 

パパに管理されるより

 

パパが笑っている方が

 

家族は幸せなんです。